公益社団法人日本工学教育協会 会長 岩附 信行  

 

公益社団法人日本工学教育協会(日工教)会長を仰せつかりました岩附信行です。

日工教は、1952年8月に設立され、1962年5月に法人認可、1997年9月に日本学術会議学術研究団体として登録され、2010年10月には公益社団法人として登記されました。そして2022年8月には創立70周年を迎え、現在にいたっております。これまで、工学教育教員を中心とした個人会員と工学教育・技術者教育を担う教育機関・企業を中心とした団体会員、ならびに地区工教とともに、工学教育・技術者教育に関する調査研究とその成果の普及・推進、さらに会員相互ならびに関連団体の連携及び協力等に関する事業を行い、我が国における工学教育・技術者教育の振興をはかり、ものづくり産業の発展に寄与してきました。
しかしながら、1990年代以降、我が国の経済は「失われた30年」と呼ばれる停頓状態にあり、イノベーションが生み出されず世界に遅れをとり、科学技術立国が脅かされています。我が国の歴史を眺めれば、その産業発展を支えてきたのは、精巧に構築され、実行されてきた工学教育・技術者教育であることは多くが認めるところですが、我が国の大きな課題である少子化の中で、イノベーション創出とその社会実装を牽引する人財を育てるためには、従前の工学教育・技術者教育の再構築も必要です。
加えて、COVID-19の感染拡大は、工学教育・技術者教育に多大な影響を与えました。我が国の遅れが露呈したIT技術を駆使したオンライン授業などの工夫も進んだでしょうが、受講生のモチベーションを維持するための実習・実験授業の配置など改良すべきとことは多いと考えられます。そして、AIの荒波が襲来しつつあるのではとも考えます。とりわけ、AIを駆使して学ぶことがイノベーション創出に貢献していくのか、慎重に検討していくべきかと思います。
以上のように、工学教育・技術者教育について、社会的背景に基づいた多くの課題があることは、反面、大きな期待を寄せられていることになります。その期待に応えるべく、日工教は工学教育・技術者教育全般について、個人会員、団体会員の皆さまと様々な機会を通じて情報交換・議論を行って、有益な情報を提供し、新しい工学教育・技術者教育の構築に貢献していく所存です。

2024年度以降の日工教の重点活動を以下に紹介します。

1.工学教育・技術者教育活動の評価とその認知度の向上

大学等における教員評価の要素である研究、教育、運営貢献の中で研究の評価が大きな割合を占める現状で、教育面での実績をよく評価して、その実績を教員の所属組織で強く認知してもらうとこが重要です。このために以下の活動を活発化します。

(1)教育士(工学・技術)制度の充実

「研究力は博士、技術力は技術士、教育力は教育士」のキャッチフレーズの下、2005年から工学教育力を評価・認定する教育士(工学・技術)資格制度を推進し、延べ約1,000人の教育士を認定してきました。この資格をより社会に浸透させ、評価の透明性・客観性の向上を図り、さらに資格保有者が資格を継続して維持向上することを支援するツールの提供を図ります。また、教育士の資格をお持ちの企業人が、大学や高等専門学校等において企業経験を活かした教育機会の促進を図るべく関係者に働きかけてまいります。

(2)工学教育賞ならびにJSEE AWARDの表彰

我が国の工学教育・技術者教育に対する先導的、革新的な試みによって、その発展に多大の影響と貢献を与えた業績を顕彰しています。業績部門、論文・論説部門、著作部門、功績部門、奨励部門の5部門からなり、とくに優秀な業績については、文部科学大臣賞ならびに経済産業省産業技術環境局長賞を授与しています。加えて、本会の活動を通じて工学教育・技術者教育に多大な貢献をいただいた方にはJSEE AWARDを授与しています。これら各賞を拡充していき、さらにその認知度を向上させてまいります。

(3)日工教活動に関わる資格・参加証明としてのディジタルバッジの発行

日工教活動に関わる資格・参加証明としてのディジタルバッジの発行教育士の資格証明あるいは講座などの受講参加証明として、(一社)オープンバッジ・ネットワーク発行のディジタルバッジを発行し、会員の教育能力・研鑽について明確化してまいります。

(4)工学教育の日(4月9日)の制定

幕末から明治時代に海外から多様な技術が導入され、それら技術を日本人が使って新しいものづくりができるよう、1872年4月9日に工部省・工学寮の工学校に定則が定められ、日本の工学教育に初めて実質的な形が与えられました。これを記念して、4月9日を「工学教育の日」と制定し、工学教育・技術者教育の重要性をアピールしてまいります。

2.工学教育に関わる情報発信・情報交換の推進

(1)「工学教育」誌

本会「工学教育」誌は、工学教育に関わる論文掲載誌として重要な役割を担っており、2022年からはオンライン化されて認知度を向上させています。さらに、教育機関における人事評価において大きな役割を果たすよう働きかけてまいります。また、とくに、会員の皆様の関心の高い、今後の工学教育に影響を与える考え方、教育手法、用いるデバイスなどの特集を今後とも提供し、情報の共有を目差します。

(2)年次大会

毎年夏に開催される年次大会は、講演発表やポスターセッション等における参加者間の熱心なディスカッションなどを通じた人的ネットワークの構築に絶好の機会であり、さらなる魅力が増す企画を提供していきます。特に、若い世代の参加者に対してアピールするテーマを企画していきます。

(3)調査研究活動

工学・技術者教育発展に向けて、技術者倫理、コミュニケーション教育、エンジニアリング・デザイン、21世紀リベラルアーツ、工学教育DX、などに関する調査研究委員会があり、活発に活動しています。さらに、2023年からはダイバーシティ、ライティングにおける「言語感覚」に関する研究会が立ち上がり活動しています。さらに、これらの活動を調査研究のレベルに留めず、その結果を会員の皆様と共有し、会員の皆様の教育活動に反映できるようにしていきます。

(4)日工教ホームページの充実

会員向けサービス提供の基盤として、日工教ホームページの充実強化を一層、図ってまいります。

(5)新たな情報交換の場の提供

日工教は、会員の皆様のニーズに沿う情報の提供と、これを促進する人的ネットワークの構築に努めます。会員に有益な情報としては、以下のように考えます。
(a)若手教員には、教育と研究の両面における相互研鑽のための情報
(b)学長、研究科長・学部長等には、教育機関の運営に資する情報
(c)シニアの方々には、その経験と知識を次世代に伝承し、教育に貢献する機会に関する情報
(d)賛助会員/企業会員には企業内技術者教育についての課題解決法や新しい教育手法についての情報
これらの情報交換の場として、新たな見学会、講習会、懇談会、研究会などを企画してまいります。

3.国際化

COVID-19を乗り越えて、教育のグローバル化が進み、世界の教育機関が、学生の国籍を問わず協調もしくは競争する時代が到来すると考えられます。このため、各国の教育機関との交流を通じて、教育手段のブラッシュアップを図ることが重要であり、以下の2点を推進します。

(1)海外からの情報入手

年次大会では、国際交流の場としてInternational Sessionを設けていますが、海外からの発表件数のさらなる拡充に取り組みます。また「工学教育」誌の英文記事についてもさらなる増加を目差します。

(2)海外への情報発信

米国、欧州、アジアを始めとする海外工学教育関連団体との連携を深め、工学教育・技術者教育関連の国際会議での日工教会員の活躍にむけて支援してまいります。

4.地区工教との連携強化

日工教と地区工教はそれぞれの役割分担のもと、我が国の工学教育の一層の充実発展を目指して、連携を強化していくことが重要です。このため、地区工教事務局連絡会議や様々な共同事業をさらに充実してまいります。

上記を重点活動として、日工教のさらなる魅力度の向上を目差して、理事会構成員ともども全力で取り組んで参りますので、会員各位のご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

 

会長経歴

1982年 3月  東京工業大学工学部機械工学科卒業
1987年 3月  東京工業大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程修了
1987年 4月  東京工業大学精密工学研究所助手
1995年 4月  東京工業大学工学部助教授
1999年 3月-2000年 1月  米国オハイオ州立大学、スタンフォード大学客員研究員
2003年 1月  東京工業大学大学院理工学研究科教授
2016年 4月  東京工業大学工学院学院長・教授
2020年 4月  東京工業大学工学院教授
2020年10月  東京工業大学国際広報担当副学長・工学院教授
2024年 6月  日本工学教育協会会長